webご予約満員御礼!

現地にて、追加50名のみ受付させていただきます。

受付は12時より開始しますので、
ご参加ご希望の方は、お早めにお越しくださいませ!

2016年10月23日(日)
※雨天決行、荒天中止
関ケ原陣場野公園(徳川家康最後陣地跡)
(岐阜県不破郡関ケ原町関ケ原959)
受付 12時〜
合戦 13時〜15時30分
先着200名(当日受付も一部可)
無料
オリジナルステッカーをプレゼント!

片手にスポンジ製の刀を持ち、腕に「命」となるボールを装着して大人数で戦うリアル合戦GAME
チャンバラ合戦-戦 IKUSA-。

関ケ原チャンバラ合戦では、実際に戦った7武将の軍に分かれて
西軍100人vs東軍100人で対戦する!

石田三成 石田家紋

幼いころ豊臣秀吉に器量の良さを認められ、その後豊臣家の最高職である5奉行の1人として活躍した。
豊臣政権の政策の立案、遂行で才能を発揮するだけでなく、武将として戦でも活躍した。
関ケ原の戦いで西軍の実質の筆頭。死の間際まで豊臣家に忠義を尽くし、まじめで実直なその性格は多くの人に愛されている。

島津義弘 島津家紋

島津義久の弟で、兄の義久は政治に注力したが、弟の義弘は戦でその力を発揮した。溢れる才能は、天下にも名を轟かせ、鬼島津として恐れられた。
力攻めだけではなく戦術の形成にも優れており、高度な戦術を数々扱ったと言われている。

小早川秀秋 小早川家紋

関ケ原の戦いの勝敗に最も大きく関わった武将。豊臣秀吉の親族であった為、西軍として出陣したが、東軍に寝返るかどうか悩みながら出陣。
関ケ原の戦いが始まっても、一向に動く気配のない秀秋に対して、痺れを切らした徳川家康は、秀秋の陣へ鉄砲をうちかけた。
そこで、遂に裏切りを決意し東軍に寝返った。

大谷吉継 大谷家紋

豊臣秀吉の家臣の中でも異例の出世を遂げた武将であり、敵となる徳川家康からも高い評価を受けていた武将。
病気の為、顔を隠していたと言われるが、西軍の武将達からの信頼も厚く、当初は無謀と思えた関ケ原の戦いであったが、西軍の足りていない部分を補い、まとめ上げたと言われている。

徳川家康 徳川家紋

幼少の頃は今川家の人質として育ったが、粘り強さ、政治手腕で数々の危機を乗り越え、たくましく戦国時代を生き抜いた武将。
関ケ原の戦いでは東軍を従え、不利かと思われた戦いに勝利し、その後徳川幕府を設立し200年の平和な時代を作り上げ実質戦国時代を平定した英雄!

黒田長政 黒田家紋

豊臣秀吉の軍師黒田官兵衛(孝高)の嫡男。元は豊臣側だったが石田三成とソリが合わず、離反。その後、徳川家康が率いる東軍に所属する。
軍師の父官兵衛の知略を受け継ぎ、戦場を駆け巡った武将。

福島正則 福島家紋

豊臣秀吉、秀頼と2代にかけて豊臣家に尽くしてきた武将。また、賤ヶ岳の戦いでは、一番槍として武功を挙げた武将。
また、熊本城の城主となった加藤清正とは、よいライバル関係にある。
石田三成への反逆を起こし、失敗に終わったが、徳川側に与する事となる。この事件が後の関ケ原の戦いへと繋がる事となり、東軍として戦い戦功をあげた。

岐阜県不破郡関ケ原町関ケ原959

【お車】
名神高速道路関ケ原ICから車で5分
名古屋から車で約1時間
大阪から車で約2時間

【電車】
JR東海道本線 関ケ原駅下車徒歩10分